「祈りの心」小林芙蓉

いつの頃からか、神棚や仏壇がある家が少なくなってまいりました。祈ること自体がまるで悪いことのよ
うに憚れる(はばかれる)風潮があることは本当に残念なことです。今の社会荒廃はみんなが祈りの心をな
くしてしまったことから起きていると感じております。
 元来、新年の朝一番は、身奇麗にして先ず神棚に向かい、新しい年をお迎えさせていただけた事、生かさせ
て頂ける事、そして美味しい水と空気そして食べ物などなど全てのお恵みへの感謝を心に手を合わせたもので
す。また、自分が神様の土地をお借りして生かさせて頂いているので氏神様に新年のご挨拶も忘れませんでし
た。手を合わせながら、「自分の子が人の役に立つ人間となりますように」「今年はもっと人に親切な人間と
なれるように頑張ります」等など、神様には公意識で祈りの言葉を申し上げたものです。
 神様へ祈る時に、私達は自分の命は神様からの頂きものであり、決して自分が生きているのではないという
原点に立ち返らせて頂けて謙虚な心を取り戻すことが出来ます。そして当たり前にある水、食べ物、自然の美
しさ、そして自分の歩ける足や物が見える目。全てが神様からのお恵みであることに気がついて、感謝の心を
思い出させて頂けます。そして神様にお参りさせて頂くときには服装を整え、不浄な自分を少しでも綺麗にと
手を洗い、口を濯ぎますし、また節目節目できちんとお参りさせて頂く姿勢などから私達は礼節を学びます。
 ご飯が炊けたら先ずご先祖様に炊きたてをお供えする。朝晩、家族でご先祖様にお経を唱える。なにかご馳
走を頂いたら先ずは仏壇に供える。家族一人一人を思いやる心や、年長者を敬う心、または、優しい言葉と行
動は、仏壇に手を合わせる姿に存在していたと思います。祈っている家族では旦那様を尊敬する心も自然と出
てきますし子供も落ち着いて育ちます。家族円満も仏壇からと言って過言でないと思います。
 家族はみんな幸せでなければ自分も幸せになれません。家族の誰かが病気であるといくら自分が仕事で成功
していたとしても気持ちは落ち込んでしまいます。家族は繋がっているのです。ご先祖様とは、姿は見えませ
んが、自分たちの家族であることは間違いありません。ご先祖の幸せ(成仏)なくしては、自分たちの家族の
幸せも難しいのです。同じ性格で同じように悩み、同じような病気にかかる。似た者同士である家族が気持ち
を自分のことのようにわかりながら祈る祈りは深い愛です。情けは人の為ならずで、ご先祖様を祈るうち自分
も救われるのです。
このように神仏への祈りの中にこそ明日の未来の光があります。祈りの心をみんなで取り戻すことなくして明
日はないと言う思いでございます。皆様が祈りとともに今から幸せいっぱいとなられま
す事をお祈り申し上げまして年頭のご挨拶とさせて頂きます。

※新聞に年頭のご挨拶として載せられたもの